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2012年11月 7日 (水)

手話が出てこない

グーテンモルゲン!

先日、次女の幼稚園時代のママ友3人と
薪ストーブを「今年初めて火を入れました」という
同じ幼稚園の方がご夫婦でやっている
家も食器の多くも、おしぼりやコースターなども手作りの
Cafeで会いました♪
とても心地よい時間でした。。。

ひとりは、手話で話す友人。
ここ2年位の間ご無沙汰していました。

子どもの幼稚園時代3年間は、同じクラスだったので
年少の時、初めて、彼女と話すために必要になった手話が
卒園の時には、少し(私的にはかなり!)自由になっていました。

なにしろ、手話ネイティブの彼女と
ヒッポでの多言語の自然習得の道筋をたどったのですから・・・

それは楽しいものだったし、彼女とも仲良くなったし(*^^*)

でも、すっかりご無沙汰している間、使っていなかった手話は
すっかり出てこなくなっていました。
(また以前のように、いつも会っていれば戻るに違いないと思いますが)

毎週のファミリーで、いろいろなことばを歌っているけれど
やはり実際に話したい人と使うということがとても大切なんだと実感しました。

それと同時に、ヒッポのファミリーで少しでも、メンバーと手話を使っていたら
ネイティブの人に会った時には、また違うのかな~とも。

そう思うと、ヒッポの活動は、
目の前のどんなことばを話す人ともコミュニケーションしよう
ということもあるけれど、
目指すところは、
「 “お互いに” に多言語人間になろう」
というところなのかなと。

それが、語学⇒ルクセンブルクの公園と表現して
伝えようとしている心なのかなと。

どうかな? そうかな?

もしかして、これは忘れてはいけない大切なことなのかも!
と感じて、あわててアップさせてもらいました。

チュース!

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